■視覚イメージで構成される街、視覚に頼らぬ街


 高田馬場の研究、街を考察していく中で歴史やら人やらいろいろな観点があるだろう。ただ高田馬場を歴史からの位置づけなどで見ていくのではなく、現代の町の中に見出せる現象を取り上げて研究としてみたい。そうして上で今の高田馬場では「視覚」というトピックから正反対の性格をもった地区が並び立っている状況がある。それぞれについて少々考察してみたい。









 高田馬場駅前ガード下から西に向かって伸びる商店街、通称高田馬場西商店街は手塚作品をシンボルとして用いた街づくりが行われ、実際街中に手塚キャラクターを見ることができる。商店街の街灯にはアトム、写楽、ブラックジャック、サファイア、レオが看板のように添えられ、ガード下の巨大な壁画(パネル)に手塚作品のキャラクターが多数描かれている。

 由来は知っての通り、昔虫プロの事務所があったこと、そしてアトム誕生の地として高田馬場が作品中の設定となっていることによる。アトムはその中でも中心的シンボルの役割を担い、高田馬場と早稲田の商店街が行っている地域通貨、アトム通貨にもなっている。その他にも駅の電車の発車チャイムがアニメ鉄腕アトムのテーマ曲を用いられていて、高田馬場を「アトムの街」と言うイメージを作るための演出が行われている。











 このようなキャラクターを街のシンボルに用いている例は至る所にある。歴史上の人物から動物、建物まで多岐にわたる。一つ一つ検討してみたいところだが、アトム通りとの比較のため、ここでは漫画から用いられたキャラクターだけを例にする。

 漫画のキャラクターを用いた街づくりとして最も有名なのが鳥取県は境港市の「水木ロード」であるだろう。観光地として落ち目になっていた境港が地元出身の水木しげるを担ぎ出し、彼の作品の妖怪を、特に鬼太郎を取り出し、街の観光シンボルとして起用した。83体にも及ぶブロンズ像に始まり、妖怪神社を作り、街灯、電話ボックス、ポスト、電車にまで妖怪がまとわりつく、見事な妖怪景観を作り出し、観光客が大幅に増加したと言う経緯がある。その他にも都内でも調布の天神神社通りに「鬼太郎」、桜新町に「サザエさん通り」、江東区に「のらくロード」、祖師谷商店街に「ウルトラマン」、青梅住江街商店街に「天才バカボン」が用いられ、水木ロードの成功を手本に漫画キャラクターをシンボルにした街並みの構成が各所で行われているようだ。(阿佐ヶ谷、高円寺の辺りで池上遼一のキャラクターを商店街のシンボルにしているとの未確認情報あり。何ごとか知っている方がいれば教えていただきたい)

 しかし、勢いで街並みなどと書いてしまったが、現実にそこまで作りこまれているものではない。アトム通りは上述した看板と壁画以外にはアトムは現れない。アトムを持ち出している店もなぜか肉屋が一軒だけグッズを売っているだけであり、アトムの街と感じられるようにはなっていない。

 それはサザエさん通り等も同じであり、商店街の活性化のシンボルとして用いられているのである。妖怪の街並みとして出来上がっている水木ロードは観光地として作りこまれており、発想の源にはなっているものの、性格が違うものである。(しかし、道を一本曲がれば妖怪の街の様相が消えてしまって拍子抜けだと言われている。中心から外れた、本来ならば妖怪の住処であろう場所が!しかし、800mもの通りを妖怪の世界で作りこんであるというだけ見事であるだろう)

 これらは、昨今の街の再生産、新たな街づくりの一部であると言える。この話だけでなく、現代の街づくりには様々な問題がある。人の注目を集めるための個性を土地に与え、街の商品化を進めるといった方法に見られる、土地の上に積層された歴史等の物語を現代の視点から再編成して、我々に見合った新たな物語を作りあげていってしまうこと。北田暁大の広告都市東京での言葉をかりるならば「都市を物語化する欲望」とでも言えようか。都市に集う人々の視線に媚びるような形で都市が作られていってしまい、イメージによってのみ都市が認識されていってしまう事態となってしまっている。

 上述したキャラクターによる街も同じようなことが言える。しかし、イメージによって都市の新たな輪郭をキャラクターによって作り出そうとしている事態は、他の街づくりと同列に語ることのできない性格を持つ。第一に街の性格が、いくつかの図像を街中に貼り付けることで作られていること。しかもそれで覆われているわけではない。今までのディズニーランド、パルコ式の都市論と同じようなくくりになるだろうが、その作りは非常に稚拙で、しかも消費を目的にしたような広告的な街だとも思えない。ただ表面的な作りだけで街の輪郭が決められていることに接点があるだろう。

 ついで違いとして見て取れるのが、根拠が漫画、架空の世界にあることである。大方の街づくりではその土地に何らかの形で根ざしているものを再発見し、前面に押し出されるのは、その土地に由来する歴史の人物や風景、特産等である。

 しかし、アトムは何もその歴史の積層から見出されることができない、架空の物語から引っ張り出されてきている。そこには何ら現実の輪郭を持たない。しかも立ち現れるのは「アトムの街」。一体何の街なのか。作品内に表象されるような都市とは全く違う。そこにあらわれる街の輪郭は見えてこない。アトムのもつ未来的なイメージであるのか、それともキャラクターの持つかわいい、かっこいいといったあまりにもぼんやりとしたイメージが付随しているだけなのか。(森川嘉一郎の萌える趣都アキハバラでは、イラストで貼りめぐらされた秋葉原を、同じ趣味を持つ人の集合によって成しえた、デベロッパーらの力が介入されないで性格が作られた都市、と評した。森川は都市の表象と集う人との関係性、活動の結果として都市が成り立つという図式に持ち込めているが、同じような表層で作られているアトムの街にはそのような論評は見えてこない。)

 ただ、架空を出典とし、そこから立ちあらわれてくる街のイメージはそれもまた仮想のかたちでしかない。人の活動が入り込んで形成される、活動の積み重ねによる街の形といったものは「アトムの街」からは見えてこないのではないだろう。ただ視覚から得られるイメージによってのみ、街が成立している。














アトムの様相とは一変して、駅から東側には点字プレートだらけの地区がある。普通、点字プレートをよく見る場所と言うのは駅前や公共施設などの人が多く集まる場であり、生活圏では横断歩道の手前にあるくらいである。

 しかし、高田馬場駅から東に早稲田通りを進み、右手に道を入っていった一丁目辺りの住宅街は、通りから延々と点字プレートが続く。アスファルトの道の上に新たに黄色い道が出来上がっている。そこは点字プレートだけでなくて、曲がり道を頭上から知らせるチャイムが取り付けられ、また盲人が通っているということを知らせる標識もある。

 なぜここまで作られているのか。答えは至極簡単で、日本盲人会連合、盲人福祉協会や点字図書館が立ち並ぶ盲人のための施設が集中しているためである。そのために点字プレートが多いのである。言うまでも無く、ここでは視覚イメージといったもので街は作られてはいない。視覚に頼れない人達のための街が作られている。

 ただこの地区が盲人たちだけのものであると言いたいわけではなく(当然そうでない人がいる住宅街であるという理由でも)、語弊があるかもしれないが、こうした特化した場所という状況自体にもおかしさを感じる。結局は健常と呼ばれる身体を持つ人達のために出来上がっているのではないか。特に、盲人が通るということを知らせる標識などは主たる例であるのではないか。(ついでに、図書館の外観の鎖、あれは何か意味があるのだろうか。周囲に気を使ったという理由でないのなら、盲人のための何かを表しているのだろうか。盲人のための図書館にただきれいな外観はおかしいだろう)あまり深入りすると論点から外れて言ってしまうので、ここでは視覚によってイメージされない場所としての例としてだけに留めておきたい。

 高田馬場という地域の中において、視覚という観点からそれぞれ正反対の方向に特化している地区が並び立っている。アトムという仮想の物語のキャラクターを街の中でシンボルとして標榜することによって街のイメージを作り出しながら、その隣には視覚を使わないことを前提にした地区が並び立つ。それぞれについてはあまりに乱暴に書き連ねてしまったが、視覚を基にした異なる性格を持つ場所としての高田馬場、ということを高田馬場研究のひとつの結びとしたい。




江ノ島パンプキン (えのしま・ぱんぷきん)
江ノ島生まれの江ノ電育ち。愛を知らないベイスターズファン。趣味は料理。得意料理はスパゲティ系。中学時代、国語の時間にエッセイのことを「エセー」と発音して、教師に殺されかけた経歴を持つ。厄年。

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