【千葉・外房】


・ 太海

 おそらくもっとも有名なつげ巡礼スポットが、ここ千葉県鴨川市太海であろう。つげは、「旅年譜」に記されただけでも10回は太海を訪れているし、たびたび文章にも登場させている。漫画史に燦然と輝く傑作『ねじ式』の舞台になったことは今更言うまでもないだろう。
 さらに、『復刻版「ガロ」つげ義春特集号』の附録に「太海海岸 昭和43年ごろ」という写真が収録されている。これは『つげ義春全集別巻』(筑摩書房)の表紙にもなった、『つげ義春流れ雲旅』中のイラストの元となった写真である。イラストには「こういう所で暮らしてみたいなあ」とある。

 各訪問の概要は以下のとおりである。

66年08月 立石さんとオートバイで
67年04月 立石さんと車で
67年12月 一人で
69年06月 同年2月に知り合った<現在の妻>と
足を毒虫に刺され医者を探し歩き、その様子は『颯爽旅日記』中の「太海・鴨川・大原」に書かれている
69年10月  写真取材のモデルとして3日間滞在、マンガの案を練ってのんびり過ごす
71年11月  水木しげるのアシスタント仲間・鈴木翁二と北川君と
72年11月 立石さんと車で
81年08月 弟のつげ忠男とその友人たちに誘われて
『comicばく』NO.4に写真「つげ忠男一家と海水浴に行ったとき」
82年10月 家族旅行
83年08月 弟たちに誘われ二泊
『ゲンセンカン主人』に写真「著者と家族の近影」


(右)洗濯物・・・・!

つげが太海の定宿としていた「漁港前のイイダカ」が見当たらないのは残念だが、迷路のような町並みは変わらない(変わりようがない)。

民家の庭を抜けて外に出たりもする。写真だけ見ると尾道と似ているようだが、規模がまったく違うし、太海にはまだ「鄙び」が漂っている

『つげ義春とぼく』(晶文社)には、吊るされた洗濯物まで同じの、左のコマの直接の元となった写真が掲載されている。向かって右の建物は青年会館 (右)機関車からの光景


(左)太海浜の漁村から手が届きそうな距離にある、仁右衛門島(にえもんじま)
(右)ここから島への手漕ぎ渡舟が出る。「著者と家族の近影」の撮影場所はここ

島は平野仁右衛門の個人所有。邸宅内に入ろうとしたら防犯装置が鳴ってびっくりした

(左)「アロエ」って (右)仁右衛門島から見た集落。機関車から見た景色に映っていた小屋が「理想の家」かと思ったが、イラストは画面中央のあたりだという




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