
(右)洗濯物・・・・!


つげが太海の定宿としていた「漁港前のイイダカ」が見当たらないのは残念だが、迷路のような町並みは変わらない(変わりようがない)。

民家の庭を抜けて外に出たりもする。写真だけ見ると尾道と似ているようだが、規模がまったく違うし、太海にはまだ「鄙び」が漂っている


『つげ義春とぼく』(晶文社)には、吊るされた洗濯物まで同じの、左のコマの直接の元となった写真が掲載されている。向かって右の建物は青年会館 (右)機関車からの光景

(左)太海浜の漁村から手が届きそうな距離にある、
仁右衛門島(にえもんじま)
(右)ここから島への手漕ぎ渡舟が出る。「著者と家族の近影」の撮影場所はここ

島は平野仁右衛門の個人所有。邸宅内に入ろうとしたら防犯装置が鳴ってびっくりした

(左)「アロエ」って (右)仁右衛門島から見た集落。機関車から見た景色に映っていた小屋が「理想の家」かと思ったが、イラストは画面中央のあたりだという