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【週末からvol.2】 NAME:管理人 DATE:2004/04/30(Fri) 01:14 No.72
ようやく掲載しました。『つげ会い』第二回が破綻した文章でupされています。
作品短評も掲載しております。


Re: 【週末からvol.2】  ローリングクレイドル - DATE:2004/04/30(Fri) 22:19 No.73

どーも、ローリングです。

ウチのサイトで取り上げさせていただいだ「つげ義春に会いに行く」ですが、カトゆー家断絶(http://www6.ocn.ne.jp/~katoyuu/)さんでも紹介されてました。
ウチなんかで紹介しても宣伝になるかどうかわかりませんがw、大手さんからリンクを張られていれば、結構アクセスがあったのではと思います。
出来れば、ページにトップへのリンクなどあったら、より多くの人に木曜会の存在を知らせることができたかも知れません。

これからも『週末から』を楽しみにしてますので、頑張ってください。
微力ながら応援させていただきますので。


ありがとうございます! 管理人 - DATE:2004/05/01(Sat) 08:22 No.74

ああ、そういった仕掛けがアクセス向上になるんですねえw、ネット初心者なのでw
早速やってみます。今後とも細々やっていきますのでよろしくお願いします


Re: 【週末からvol.2】 あか - DATE:2004/05/02(Sun) 13:01 No.76

期待させといて、そりゃないんじゃない〜。 ダメじゃん。笑

でも『つげ会い』は最高。とくに写真が良いですね。漫画の構図をよく写したと思います。

「やなぎや」なんかは涙もんですよ。ホント



Re: 【週末からvol.2】  管理人 - DATE:2004/05/03(Mon) 00:22 No.77

すいません、次回に期待してください。
ありがとうございます・・・素直に受け取ります(笑)


週末から NAME:あか DATE:2004/04/26(Mon) 22:58 No.70
管理人さん、こんばんは。逃げるなんてとんでも有りませんよ。ここはあなたが管理人なのだし、これ以上の水掛け論を避けるという考えは賢明です。ただし、補足という形で書き逃げされたのは、些か腑に落ちかねますが(爆)

ところで、『週末から』とは別のサイトのコラムの事ですよね。木曜会とありましたが、あれはあなたの主催なのでしょうか。いまいち分かりませんが、いずれにしても楽しみです。

それから、寄稿に関しては暇を見てということで宜しく御願いします。特に、イメージを雰囲気と取られたのは私の説明不足であり、このままではお互いに納得できませんからね。


よろしくお願いします 管理人 - DATE:2004/04/27(Tue) 20:11 No.71

『木曜会』と『つげ義春研究会』は別物ですが、webは私が統一して管理しています。
今回の水掛け論(笑)はかなり得ることがあり、特につげ義春の独自性とは「イメージとストーリーの連関」の具合なのでは、と確信しました。今回4月30日掲載分は時間の都合上あかさんに対する明確な返答がないですが、長い目でよろしくお願いします。


幻燈5号 NAME:キリング・フィールド DATE:2004/04/25(Sun) 18:16 No.68
って、神保町かなんかに行かないと売ってないだろうな。


Re: 幻燈5号 管理人 - DATE:2004/04/25(Sun) 23:06 No.69

確かに一般書店ではないですよねえ・・・まんがの森とかでも売ってないかもしれません。恐らくですけど池袋のジュンク、タコシェ、はあると思うんですけど。リアリズム効果で一万部・・・!とかはないんですかね(笑)


あかさんに応える NAME:管理人 DATE:2004/04/25(Sun) 03:52 No.67
度々のレス、ありがとうございます。このような零細サイトにご意見頂けただけでも作ってよかったな、と思いました。あかさんの意見を(揶揄するという無礼な態度でしたが)取り上げたのは、私の現時のテーマである「原作とは何か」、作品と原作のあるべき関係を問うというテーマと奇妙なほど一致していたからです。貴方のおっしゃることはいちいち私の考えなければならない大問題と重なり、自らの考察不足を恥じるいい機会にもなりました。お礼申し上げます。しかし残念なことに、ご意見とは真っ向から食い違う部分が多々あります(笑)。順を追って私見を説明していくことも考えましたが、相当の分量(bbsでは厳しい量)になってしまいますので、これから私が当サイトで展開していく、「映画と原作の関係論」を合わせてお読み頂けると幸いです。まずは30日掲載予定の『週末から』をご覧ください。いずれにせよ、この問題は相当長くなります。あかさんの見解に応えきる日が近いとは思えません。まことに厚かましいですが、寄稿という形をとっていただけないでしょうか。お返事をお待ちしております。逃げてません(笑)。

簡単にですが、補足いたします。
私の書いた「脚本」というのは、深読みしないで素直に読んだ場合の、つまり自分の表現に準える形で原作をいじる前の段階の原作のことを言います。当然エピソードだけでなく、原作者の思想も入ります。いじることが悪いとは全く思いませんし、「ドラマの脚本と、つげの原作は違って当然」ですが、それでも共通しなければならない部分が存在するのは、原作を使用する以上当然です。しかしこれはつげの思想と佐々木の思想が根本で一致しなければならないということではありません。佐々木がつげの作品の根本を見据えた上で原作を映像化しなければいけない、ということです。
>極端な話、つげの映像作品に首尾一貫したストーリー性など求めても仕方がないのでは。
首尾一貫したストーリー性が無いのであれば、私はその作品を評価することは出来ません。貴方はわかり易い『月9ドラマ』のようなお話の筋としてのストーリーを「ストーリー性」とおっしゃっているように理解しましたが、同等のレベルで思想の整合性も語られるべきではないでしょうか。

「脱走兵にメタファーとしての「逃避」を見て、検閲にしても、つげ作品に共通する「目に見えない、世界からの抑圧や束縛」を」私も感じ取りました。「佐々木はつげ自身の世界を彼なりに解釈した上で描こうとした」、その通りだと思います。表現者が自分の思想を原作に託し、あっと驚く解釈をやってのけることを否定する気はありません。原作を使用する、ということが売名や力不足の隠蔽でなくなるためには、むしろ不可欠とも言えます。
あかさんは「そこに有るのはつげの感じたイメージそのものであり、そのイメージから強引ともいえる世界を作り上げているのではないでしょうか。そして、その強引な世界に私たちは惹かれるのでしょう。」とまで言い切っているのに、何故「佐々木が相当につげの世界を理解しているのは間違いない」と結論付けてしまうのか。
これは、あかさんの言う「イメージ」が何であるのか、釈然としなかったためであると思われます。結局「雰囲気」と同義であるようにすら感じます。そうでなくては、何故「キクチサヨコが「沼」や「古本と少女」に出て来る」ことが「初歩的な疑問」なのでしょうか。
つげはイメージそのものを放出しているのではなく、感じ取ったイメージの裸形を巧く加工して作品化していると思います。つまりあかさんに言う、惹かれるべき「強引」さとはイメージとストーリーという「連関」そのものであるはずです。このことを理解しながら、なぜあの作品を見て「異なる三つのエピソードを一つのテーマとイメージで一貫させている」と言われるのか、私には理解できません。


本の名前を探しています。 NAME:AKKO DATE:2004/04/23(Fri) 07:13 No.60
始めまして。探し続けてここへ辿り着きました。
もう何年も前に、書店にて、つげ義春作品集(?)の様な本を見つけたのですが、その際、事情があり、購入に踏み切る事が出来ず、今となって探し始めております。
確か菊判サイズで、内容は、表紙絵などの1枚絵を中心に構成されていたと思います。有名なガロの着物姿の女性が座っている絵などが、1ページ毎に載っていた様に記憶しております。カラーで美術書みたいなとてもきれいな本だったのですが・・・
大変不躾とは思いますが、どなたかこの本と思われるもののタイトルをご存じないでしょうか?書店を数軒見て回ったのですが、地方在の為、書店にて確認出来るものが限られており、インターネットで検索しても、記憶が少し曖昧ですので、カバー画像だけでは、どうしても確認が出来ません。廃版になっている可能性もあると思うのですが、どなたかご教授いただければ、大変助かります。よろしくお願い致します。


 管理人 - DATE:2004/04/24(Sat) 00:18 No.61

表紙絵などの一枚絵中心の作品集、というと画集みたいなものでしょうか。
ガロの着物姿の女性・・・?有名な?ここで既にわかりません(笑)

どなたかご存知でしょうか。私も知りたいです。ひょっとすると「温泉」でしょうか。


Re: 本の名前を探していま... AKKO - DATE:2004/04/24(Sat) 09:52 No.63

レス、ありがとうございます。
パラパラと見ただけですので、それだけだったとは言い切れないのですが、一枚絵(少なくともかなりの数が載っていると思われる)で構成された画集の様な物だったと思います。

ガロの着物姿・・・と言うのは、復刻版月刊ガロ増刊号のカバーの絵です。原画(?)はねじ式の婦人科医だと思うのですが。

カラーの一枚絵が結構な数が載せられていたと思います。

只、何年も前に見た記憶を頼っています。(苦笑)今更買っておけば良かったと後悔しております。何か分かればいいのですが・・・


Re: 本の名前を探していま... 管理人 - DATE:2004/04/25(Sun) 01:34 No.66

お役に立てなくてすいません。確認しましたところ、菊判は小学館のつげ義春選集か、北冬書房の「定本・夢の散歩」ぐらいだと思われます。
お話からすると私は限定版の「夢の散歩」かとも思ったのですが(美術書のようでカラーとなるとこれくらいでしょうか)、あれはB5版でした。一枚絵がたくさんのっているとして、しかも「旅の画帳」でもないとすると、全集の別巻・・・?
嫌なことを言うようですが、恐らく絶版かと(笑)。


Re:『紅い花』を絶賛する... NAME:あか DATE:2004/04/24(Sat) 22:56 No.65
下のNo.45を読むと、案外、管理人さんもNHK版を買っているのでは(笑)。というよりも、あなたがNo.45に書いたこと自体、私にとって逆説的でさえあるのです。
管理人さんの言う、「原作世界を現出せんがために敢えて原作世界を否定してみるという、逆説的な手法」という点は、良い線をついていると感じました。しかし、原作の世界を否定するという件は無理があるとしか言いようが有りません。そうではなくて、つげの世界、すなわちそのイメージを最も重視した結果、原作とは異なる解釈となったのでしょう。佐々木は決して「紅い花」・「沼」・「古本と少女」を描こうとしたのではないということです。彼はつげ自身の世界を彼なりに解釈した上で描こうとしたのではないですか。
私が見た限りですが、佐々木が相当につげの世界を理解しているのは間違いないでしょう。何故なら、まず、このドラマは三つのエピソードをキクチサヨコの逃避として描いていますね。抑圧されたキクチサヨコの逃避行をイメージとして描いているのです。したがって、そのストーリーに整合性など必要ありませんし、エピソード自体が原作と符合する必要性も生じないのです。あくまでもイメージとそのテーマこそが重要なのであり、そこに細心の注意を注いだ佐々木の力量は疑う余地がありません。繰り返すが、彼が描こうとしたものをよく考えてみてください。佐々木は決して「紅い花」「沼」「古本と少女」そのものを描こうとしたのではないでしょう。彼はつげの世界、つげの感じたイメージ、そして其処から生まれるテーマを描こうとしたのではないですか。なのに何故、キクチサヨコが「沼」や「古本と少女」に出て来るなどという、初歩的な疑問が必要なのでしょうか。この作品はつげの作品なのではなく、佐々木の作品なのだということを認識すべきです。つげの世界をTVドラマとしての映像表現へと昇華させているのですよ。
それでは、つげの世界とは具体的に何でしょうか。例えば、原作での「古本と少女」はありがちな心温まるエピソードとして描かれていますね。しかし、何度も読み込むと違った一面が浮かび上がってくるでしょう。そこには貧しさからくる、金に対する執着心が見え隠れしているのです。ありがちな話の中にも、やはりつげ的世界が見て取れるのですよ。「沼」に関しては説明するまでもありませんね。カゴの中の蛇が、少女にたいする「抑圧」や「束縛」をイメージしているのは明白でしょう。いや、少女を通してつげ自身の世界観を描いているのではないでしょうか。
わたしがドラマ「紅い花」を評価するのは、異なる三つのエピソードを一つのテーマとイメージで一貫させているからなのです。そのテーマやイメージこそつげの世界であり、それこそが細かい設定やストーリーなどよりも重視されるべきなのです。したがって、管理人さんが言う処の「連関」とは、エピソード自体の表面的なモノなのではないでしょうか。もっと、更に深い世界においては、実につげ的世界として「連関」を見て取れるはずです。


NHKドラマ「紅い花」に... NAME:あか DATE:2004/04/24(Sat) 12:17 No.64
こんにちは。どうも誤解していらっしゃる様ですが、私は「これ以上はないからこれがすばらしい」などとは思っていません。むしろ、当時としては前衛的な作風でしょうが、今となってはその限界を見ることとなるのは致し方ないと感じた次第です。なんにしろ、現代とは違う空気を感じることができ、私としては新鮮に映りましたがね。
ところで、管理人さんは脚本が未消化と感じているようですが、それはどうでしょう。あなたの仰る脚本というモノのが、いったい如何いうモノなのかいまいち解りません。ドラマの脚本と、つげの原作は違って当然ではないでしょうか。もしも、あなたが脚本をストーリーと捉えているのなら、それは間違いでしょう。何故ならば、つげの代表作にストーリーなど存在しないからです。果たして、「ゲンセンカン主人」や「ねじ式」、「沼」や「紅い花」にストーリー性を見出すことが出来るでしょうか。そんなものは有って無い様なものです。そこに有るのはつげの感じたイメージそのものであり、そのイメージから強引ともいえる世界を作り上げているのではないでしょうか。そして、その強引な世界に私たちは惹かれるのでしょう。
たしかに脱走兵や検閲のエピソードはやや強引すぎる嫌いがあり、監督の思想が反映されているのかもしれません。ただ、NHKドラマは漫画とは違います。イメージシーンばかりの映像なんて数分で辟易としてしまうでしょうし、ドラマとしては成り立ちません。そこで、ある程度の脚色は致し方ないのではと思えるのです。また、わたしは脱走兵にメタファーとしての「逃避」を見て取れましたし、検閲にしても、つげ作品に共通する「目に見えない、世界からの抑圧や束縛」を感じ取ったのです。わたしが言うディテールとはそういう細かい設定のことであり、それに目を奪われるよりも全体像としてのイメージに注目すべきだろうと思うのです。極端な話、つげの映像作品に首尾一貫したストーリー性など求めても仕方がないのでは。


あかさんへ NAME:管理人 DATE:2004/04/20(Tue) 21:31 No.59
「小細工」という表現が悪かったようです。
メアドについてではありません。あかさんの発言、「つげ作品の映像化は難しい、これ以上はないからこれがすばらしい」という発言に、私は「批判を封じ込める」論調を読み取りました。そして「あのNHK作品を誉めるなんて」との思いも手伝って「小細工」と書いたのです。乱暴な表現ですいませんでした。

私も「人やモノを批判するならば、多少は小難しい位のほうが良いと考えいます」。いや、「多少」どころではありません。他人が労を尽くした物を批判することは容易です。だからこそ、きちんと考え込んで、その理由を付記するのは礼儀でもあります。その上で私が説明不足のまま「小難しいことを言う前に」と書いたのは軽率でしたが、つまり「原作信仰を批判していながら、実はあなたのほうこそ信仰しているのではないか」という意味を込めたのです。
全体の論調に加え、「この作品は「紅い花」そのものというよりも、つげ義春に対するオマージュと受け取るべきだ」という見解からは、NHKドラマ自体をきわめて軽視しているように思えます。というのも、オマージュであろうがトリビュートであろうが、単体の作品として評価できなければ全く価値を見出せない、という至極当然のことを見逃しているように思ったからです。お言葉返すようですが、色眼鏡をかけているのはあなたではないでしょうか。
あかさんは私の「脚本(すら)消化できていない」という見解に答えず、NHKドラマにつげのテーマ『逃避』を見出す事が出来たからいい作品ではないか、とおっしゃっています。脚本の未消化がはたして「細かいディテール」でしょうか。それは置いておくとしても、私の見解は断じて「原作に忠実でないからダメ」ではありません。それどころか私はディテールへの過度の拘泥を憎んですらいます。例えば映画「ゲンセンカン主人」で服の柄まで原作と同じになっていましたが、そのトリヴィアリズムを賞賛するどころか、作品の駄目さを示す一例として取り上げたりもしました。

ps「批判するなら掲示板で・・・」とのお言葉には返す言葉もありません。本当にその通り、卑怯千番な態度ですいません。ただ、あの、以前同じようなことを見たことがありまして、この掲示板の過去ログを見ていただければ分かるんですが、あちらが結果荒れてしまうのはまずいかな・・・と。それと実はあの板にこういった反論を掲載することにかなりご立腹な方がいらっしゃって・・・ここは私の板ですので、どんな反論にも自由に答えられます。ただ、考えた上での見解であることだけは分かっていただきたいです。


Re: あかさんへ 管理人 - DATE:2004/04/24(Sat) 02:54 No.62

あかさんの返信を待っています。


小難しいことを言う前に NAME:管理人 DATE:2004/04/04(Sun) 23:09 No.51
隠れ板でこんな意見を見つけました。

NHKアーカイブでのドラマ再放送。なかなかの作品だと思った。
あのドブ河の澱んだオープニングシーンは、何かつげ義春の世界に誘われる様であり、背筋がぞくぞくするような感覚におそわれた。いわゆるファンは如何しても視野が狭くなりがちなので、このドラマには否定的なようである。
しかし、自分のキャラクターを理解出来ていないコメディアンが作ってしまった「無能の人」や、やたら奇怪なイメージのみ強調してしまった「ねじ式」などと比べても、一連の映像化された作品のなかでは最もつげの世界に近いものだろう。それは、つげの生い立ちから生じる「貧困」の世界であり、そして其れからの「逃避」なのではないだろうか。
また、彼の作品は読者に対し、人間臭さを排除した無味無臭のなかからどう味わえば良いのか困惑させる特徴がある。それ自体が一つの味なのであるが、同時に人それぞれの感じ方の違いを色濃く出す作品とも言えるだろう。私自身、読むたびに感じ方が違うのだから、そんなつげ作品の映像化には非常に苦心したことと思われる。むしろ、つげという奇才の力を借りた上での作品と見れば、これが限界なのではないだろうか。

はあ、さいですか、と思いましたが、「映画と原作の関係について」考えていたので全文掲載します。というのも、私も「つげ作品を”映像化”する」という姿勢ではいつまでたっても、誰が作ってもNHKの域を出ないのでは、と思っていたからです。
といっても「あか氏」の発言に納得したわけでは全くありません。
「いわゆるファンは〜」という高みの発言はあちこちで聞きますが(正直腹立たしいですが)、この作品は「映画には映画・漫画には漫画の評じ方がある」という問題にまで達していないように思います。中身云々の話の前に、脚本としての原作すら消化し切れていないように思うのです。小難しいことではないのです。
余計なことですが、批判を逃れようと小細工するくらいなら、書き込まなければいいのに、と思いました。


Re: 小難しいことを言う前... あか - DATE:2004/04/19(Mon) 21:52 No.58

はじめまして、私が「あか」です。

といっても証明のしようがありませんね。恐らく、管理人さんはメアドについて小細工をしたとお怒りなのでしょう。それとも串投稿だからでしょうか。いずれにしても恥ずかしく、申し訳ないと思っている次第であります。あかというHNもその場で適当に考えついたものです。メアドについてはシャレのつもりでした。すみません。
ただね、私もつげファンの一人といえるのでしょうが、原作に忠実でないからダメというような安直な批判には正直腹立たしい感情を覚えました。人やモノを批判するならば、多少は小難しい位のほうが良いと考えています。それなりの納得できる意見なくして、人やモノを批判しては貰いたくないのです。これはつげのファンに限らず、すべてのジャンルのコアなファンに言える事でしょう。コアなファンとは、その対象を信仰するがゆえにエキセントリックになりがちで、異端に対しては色眼鏡を掛けて見る傾向があります。それでは損じゃあないでしょうか。新しい世界をフィルターに通して見るなんてね。
管理人さんは脚本自体が消化しきれていないという事ですが、この作品は「紅い花」そのものというよりも、つげ義春に対するオマージュと受け取るべきだと私は感じました。つげの逃避癖は管理人さんも御存知でしょう。わたしはNHKドラマ「紅い花」に対し、「逃避」というテーマを見出す事が出来たのです。つまり、細かいディテールは兎も角、テーマ自体はつげ作品に添っていると感じた次第です。

ps 批判するなら掲示板にレスしたら良いじゃないですか。


解禁! NAME:管理人 DATE:2004/04/18(Sun) 04:11 No.56
4月17日、ついに公開されました、つげ義春原作映画、『リアリズムの宿』。
というわけでガンガン文句を言っていきましょう(笑)。
おっと、煽っていないですよ、どこが日本のカウリスマキなんだとか、尾野真千子が可愛いだとか、なんで舞台が鳥取なんだとか、言ってないですよ〜(笑)。公式サイトでは否定的な意見すら書けない風潮ですが、ガンガン行きましょう。

「卑怯だ」と言われないためにも基本姿勢だけははっきりしておきます。私は山本浩司・長塚圭史・尾野真千子は大好きです。『ばかのハコ船』『どんてん生活』もいい味出している、と思いますが、決して凄くいいとは思いません。で、今作に限って言わせてもらうと、いまいち・・・はっきり言いましょう、駄目だと思います。

つげファンの立場から言うと「あ〜あ、つげ先生の名を借りた売名かよ」と思いましたし、通常人として言うと「これ、インパルスのコントにすればいいのに」、一若者として言うと「ああ、そうだよね、この映画の音楽はくるりだよね、監督客層のことわかってるなあ」でした。苦学生的に言わせてもらうと「これは今の僕には高いなあ」(二回見ましたが)。
さて、皆さんはどう思われたのでしょうか。


Re: 解禁! 管理人 - DATE:2004/04/18(Sun) 23:38 No.57

ちなみに、残念ながら『北冬書房bbs』を吸収する形になってしまいました。
書き込んでくださった桐秋さんごめんなさい。


つげ論 NAME:K.フィールド DATE:2004/03/29(Mon) 19:31 No.47
管理人さんの「やなぎや主人」「ある無名作家」についての作品論を、後日機会があればのせてください。
常盤貴子論も!(冗談です)


そうですね・・・ 管理人 - DATE:2004/03/30(Tue) 01:04 No.48

常盤貴子論も強ちありえなくはないですね(笑)。
主要作品は全て評じてみたいという気持ちはあるのですが、そして実際書いたこともあるのですが、相手が強敵すぎて尻込みしています。生半可なことは書けないですし。つげファンは怖いから(笑)。
残念ながら、現在『木曜会』のほうに掲載されている「やなぎや主人」の書き物のようにお茶を濁す力量しか持ち合わせておりません。しかし、やはりつげファンを自認する以上いずれ(そう遠くない日には)必ず書くつもりです。

K.フィールドさんの石井論も詳しくお伺いしたいです。


『紅い花』を絶賛する! NAME:管理人 DATE:2004/03/21(Sun) 16:52 No.45
「煮ても焼いても喰えない」・・・手厳しいですね(笑)。
まあ、しかし私も同じく、さすがにNHK版『紅い花』と石井監督作品を同列に並べるのは失礼かな、と思いますね。あのバックのアルペジーな曲はサイモンですか?わからないですけど、音楽もきついなあと思いました。
なんだか至る所でバッシング(というほど熱を帯びてないですが)しか聞こえてこないので、ほめてみましょう。

本作は、原作世界を現出せんがために敢えて原作世界を否定してみるという、逆説的な手法をとりながらも、単なる既存作法への反撥や皮肉に留まらず、真実を鳥瞰し得たという点で傑作の名に相応しい。誰が見ても「正しくない」としか言いようのない解釈を劇中に散りばめることは、従来のつげファンたちへの挑戦であるだけでなく、実存への恐怖、佐々木自身が抱いている生命への畏怖の証である。彼の映像作家としての覚悟を我々は背筋を正して受け止めねばならない。
しかし実に不可解である。この作品にはイメージがない。厳密に言えば様々な「連関」がすっかり抜け落ちている。つまり「連関」とは、もっとも単純な点から説明するに、オムニバスが抱える各挿話ごとの整合性であり、厳密には通底する思想の一貫性である。無論思想が右往左往することがその価値を貶めるわけではない。が、この作品からは、そもそも一貫させようとする意思すら見えないのである。キクチサヨコには前世が無かった、言うなれば「幽霊ではありませんか」!
佐々木はどこにも属さないための位置計測が緻密だった。
ともかく、不可解たりうる視座を用意した、佐々木の力量を侮ってはならない。

まあすごい。


紅い花 NAME:マキ DATE:2004/03/15(Mon) 18:55 No.39
NHK『紅い花』見ました。
放送当時(高校生でした)は見られませんでしたが…。今回始めてみました。映画やテレビのいろいろなつげ作品を見ましたが、最も見るに耐えられないものでした。一つ一つのつげ作品の持ち味をこれだけ台無しにしているとは・・・。うわさには聞いていましたが、びっくりしました。


Re: 紅い花 ユゴー - DATE:2004/03/16(Tue) 18:41 No.40

私も見ました。
つげ先生のせりふ回しはテンテンと語っていくので、ドラマでそのまま再現してしまうと違和感がありますね。
個人的にはあまりのひどさが逆におもしろかったです。
ドラマのマサジときくちさよこ、どう考えても10歳以上違いますよね。おぶってるの無理ありました(笑)。


Re: 紅い花 ローリングクレイドル - DATE:2004/03/16(Tue) 18:59 No.41 HomePage

私も見ましたが、最も衝撃的だったのは「古本と少女」でした。
まさか、あの本が共産思想の本だったとは・・・w
しかも、最後に少年と本の持ち主の男(原作だと、つげさんっぽい人)が逮捕されるというオマケつき。いくらなんでも、あれはヒドイよなあ・・・
キクチサヨコ役の沢井桃子さんが非常に可愛らしかっただけに、こんな珍作にしてしまって残念だなあ、と思いました。まあ、所々、いい部分もあることはあるんですが。


おくればせながら 管理人 - DATE:2004/03/21(Sun) 01:25 No.43

ようやく見ました。みなさんのおっしゃる通り、心から酷い!
芸術は究極的には個人の感性の問題だから良し悪しなんて無い、などと知人がほざいていましたが、そんな主張が吹き飛ぶような劣悪・極悪・絶対悪な出来ですね。マキさんのおっしゃるとおり、つげ作品の良さを台無しにしているというか、破壊しています。
あれは完全なる原作潰しですよ。そういえば常盤貴子は「漂流教室」「カバチタレ」その他のドラマで名演技をみせ『原作クラッシャー』と渾名されているらしいですが、まだまだ可愛いもんです。
最も酷いと思ったのは「沼」ですね。なぜキクチサヨコが『沼』の少女になるのか皆目見当がつかない。二人は畦道を走っていける距離にないでしょう。沢井桃子の演技でなんとかもたせている感じがしました。巧いとは思わなかったけど、『沼』の演技は滲み出るエロチックさがあったし、なかなかだったのでは。
吉田照美しかり「リアリズムの宿」しかり原作との向き合い方を考えないと恐ろしいことになる。いや、比べたら失礼ですね、抜群に駄目でしたもんね、『紅い花』。
これはしかし凄いなあ・・・。とにかく間違えしかなかった!清水正も真っ青だ。


Re: 紅い花 キリング・フィールド - DATE:2004/03/21(Sun) 13:56 No.44

今回ビデオに録らなくても、5、6年まえに阿修羅の如くかなんかと一緒に、NHK名作シリーズの黒田あゆみアシストのもの全部、部屋の奥のほうに放り込んでありました。
二十八年前の初オンエア直後、つげファンの友人がこの作品には笑うしかないとか、先にでた共産主義の本の件について解説してくれていたので、見る気がしなかったのは事実です。
ただ、煮ても焼いても喰えない石井監督諸作品ほど抵抗がないというより、どうでもいいやというのが正直な感想です。
草野大悟の金太郎飴を長々とほうばるシーンはちょっと、止めてくれと感じましたけど。
管理人さんの「蒸発旅日記」の感想をはやく聞いてみたいですね。
厳密なとこなんですけど、ほかのいろんな要素はともかく、主人公の自閉症的なしゃべり方、アングル、撮り方に致命的な弱さというか、違和感を個人的に感じました。


きょう NAME:キリング・フィールド DATE:2004/03/14(Sun) 09:24 No.38
NHKアーカイブス、夜11:10から管理人さんいわくつきの『紅い花』が放映されますね。
二十八年前のものとはねぇ。


愚痴愚痴愚痴 NAME:管理人 DATE:2004/03/08(Mon) 04:30 No.27 No.196  
木曜会の『週末から』に、「つげ義春に会いに行く 第一回『やなぎや主人』」が載っています。見てください。現在は4月上旬掲載予定の第二回『散歩の日々』を書いています。ご期待下さい。
いやあ、しかしつげ関連のページ、全て止まってますね(苦笑)。
あまり新しい常連サンが生まれてないんですかね?隠れ板の人達、みんなこっちにも来てくれるとありがたいなあ・・・


Re: 愚痴愚痴愚痴 管理人 - DATE:2004/03/09(Tue) 02:39 No.198  

すいません、愚痴にレスさせてしまって(笑)。
是非この、今にも消えかかっている板に住みついてやってください。まだまだ知らないことが山ほどありますが、色々な方にお教えいただきたく存じます。
さて、四月上旬には『週末から』vol.2にて、いよいよつげ義春の作品評論が掲載される予定です。会員からは「もっきりやの少女」評論を準備中との知らせが入っています。
この調子で全作制覇!と行きたいところですが、例えば「アルバイト」を論じることは私には力量的に不可能かと思います。ですから、ご覧になっている方の中からの投稿も随時募集しております。


こちらこそ、 桐秋 - DATE:2004/03/09(Tue) 22:19 No.199  

楽しいサイトを拝見させていただけて、ありがたく思っております。
論じるのは苦手なので、感想のみぼちぼちと書かせていただく感じになると思いますが・・。
TVの「紅い花」は、子供のころ見ています。
つげワールドと、あからさまな反戦思想は、水と油でしたが、全く別の幻想ドラマとしてみると、なかなかだったような記憶があります。
たしか、シンデンのマサジの軍帽の来歴が語られるのです。


いとまをおいて NAME:キリング・フィールド DATE:2004/02/22(Sun) 15:31 No.195  
どこが納得いかなかったのか、殺し屋さんなりのきっちりした解説を期待してます。
さて、私はこの先観に行く時間がとれるかどうか全く、不明です。
漫画「リアリズムの宿」自体映画化するのに、つげ作品のなかでは地味な部類に入ると思うので、ケッコウきついかなと危惧はしてますが。


原作付きの難しさよ! NAME:管理人 DATE:2004/02/22(Sun) 01:34 No.194  
先日、つげ義春原作映画最新作『リアリズムの宿』試写を見てきました。
率直な感想を言わせていただくと、今作もやはり「?」、「満足した!」とは思えませんでした。まだ公開は先ですから内容について語るのはやめておきます。結果的には、見る前から抱いていた疑問−映画は何のために原作を付けるのか−が深まってしまったのですが、皆様どうお考えでしょうか。


はじめまして! NAME:マキ DATE:2004/02/14(Sat) 20:53 No.15 No.191  
こんばんは。
つげファン暦20数年来のものです。
映画化について、いろいろな考えがあると思いますが、個人的な意見を述べさせてもらいます。映画化とテレビ化の違いはあると思いますが、原作を読んだ読者の解釈が違うように、監督あるいは脚本を書いた人の思いがその作品に表れることになります。・・・ということは、映画化についても私は基本的に賛成です。これを機会につげ作品に触れてくれる人が増えるということを考えるとうれしいものです。映画から入って、つげさんの原作に触れる・・・私たちとは違う思いでつげ作品に触れるということはそれはそれで意味あることだと思います(つげさんがもう作品を出さないので)。そういう意味で、つげファンが増えることで、映画化は賛成です。【すみません、一般論的評論で】


Re: はじめまして! 管理人 - DATE:2004/02/20(Fri) 02:05 No.192  

そうです、映画化自体にはまったく異論はないのです。
私も「つげファン」の輪を広げていきたいと思っていますし、映画が原作を汚すだなんて思っていません(全くの別物でしょう)。しかし、原作のレベルの高さを味わってしまったものとして、ああだこうだ言いたくなるのも人情でしょう(笑)。
マキさんのおっしゃるとおり、いかなる映画を作ろうと、それは監督なりの解釈です。
しかしそれをまた映画というお金のかかる形態で表現しなおす以上(そしてお金を払って見る以上)、「ああ監督はこう考えたんだな」では、私は納得できないのです。全くの別物と書きましたが、原作があるんですから、完全にとはいきません。ですから、原作の解釈が自分のものとずれていても別にいいんですが、ならば全体としてこの不満を納得させるだけのものを!と考える次第であります。


難しい… マキ - DATE:2004/02/20(Fri) 18:40 No.193  

こんにちは。原作を知っているからこそ映画化について話をするのが難しいのかなぁと思います。漫画がこれだけ映画化されるなんてすばらしいと思いませんか?私は、それだけで、つげ作品の偉大さが感じられます(言うまでもありませんが)。したがって、お金を払ってまで…ということになると、やはり賛成・反対は難しいですね。


気分は NAME:キリング・フィールド DATE:2004/02/15(Sun) 13:12 No.189  
いつでも『無能の人』
これは生々しいですね。今の自分とオーバーラップする人は多いんじゃないでしょうか。
追いたてられる、生活のやりくりと家族との葛藤と世間からドロップアウトする石を売る行為に、つげさんの視点が全ての作品ですね。
あえて『無能の人』、や『別離』の続きではなく高野さんが漫画術でご本人に何度も、打診されてるように、今描けるもの、描きやすいもの、つげさんの頭にあるもの全てをとにかく、描いてもらいたいとわたしも思います。


つげ新作への思い キリング・フィールド - DATE:2004/02/15(Sun) 18:28 No.190  

七十を前にしたつげ義春新作への期待を私個人の希望からすれば・・・・・・・
強い過去への悔悟の想いはアンドレイ・タルコフスキー監督の『ノスタルジア』でロシアの大地と家族への郷愁という形でえがかれました。
『戦場のメリークリスマス』でデヴィッド・ボウイ演じる役に二度と修復できないこころの傷を肉親である弟に負わせた苦悩がえがかれます。
つげ作品で『ヤモリ』にて虐待をうけた過去が触れられます。また『ある無名作家』の最終コマでかすかにふれます。
つげ先生でなければ絶対、描けない<未来>があるとおもうのです。


こんにちは NAME:もち DATE:2004/02/08(Sun) 19:37 No.8 No.186  
初めまして、つげ漫画ファンのもちです。
映画は全然詳しくないし、あまり専門的な論評とかした事ないですが(^^;論じてみます。
「蒸発旅日記」ともう一つ何かのつげ映画を観ました(←そっちは忘れた)。
他の映画はともかく、「蒸発旅日記」はかなり素敵な映画だと思います。
元から完成度の高いつげ漫画を、あれだけ素晴らしい映画に仕上げてるのがスゴイ!
監督はもちろん、美術が木村威夫さんで、キャストも良かったからでしょう。
山田勇男監督にはまた違うつげ映画を撮っていただきたいなぁ・・・(−v−)
そんなかんじです。


Re: こんにちは 管理人 - DATE:2004/02/10(Tue) 15:06 No.187  

このような議題を持ち出したくせに、私も映画に詳しいわけではありません。
ですから、「映画には映画の評論(論じ方)があるんだ、知らないやつは映画を語るな!」なんてことを言われても、パンフレットをせがまれる以上に困ってしまうわけです。このようなロジックの裏には、大いなる欺瞞と自己擁護の甘え精神が見え見えです。

さて何でこんなことを書いたのかと言いますと、・・・・・・実は・・・・・大変申し上げにくいことなのですが・・・・・・・・・、私「蒸発旅日記」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見ていないんです!!
待ってください!言い訳を!言い訳を聞いてください!
あまりに三作が酷すぎて、「ビデオで見ればいいや」と思ったままなのです。
どこかでまだやっているところ、ないでしょうか。札幌はよしてください


Re: こんにちは もち - DATE:2004/02/12(Thu) 21:01 No.188  

そりゃ見なきゃダメです!!!(><)「蒸発旅日記」だけは是非とも。
正直、他の映画はあまり評判良くないですが・・・
俳優さんも皆さんぴったりな役どころで、かなり見る価値ありです。
私もDVD買うつもりなので。←いつ出るんだろう??
関係ないですけど、近々つげさんのファンサイトでも作ろうかと思ってます。
HTML勉強して頑張ってますので、完成したら居らしてくださいね☆


もしくは NAME:キリング・フィールド DATE:2004/02/08(Sun) 16:53 No.183  
つげ忠男BBSではアレクセイ・キリーロフです。
あれを 「機会」 にどうしても、ゲンセンカン主人やねじ式を撮った石井輝男ならびに佐野史郎ほか制作に携わった大馬鹿な一群にわたしの考えがほんの少しでも伝わればと思い、ああいう投稿になりました。
が、普段、2チャンネルやヤフー掲示板での映画批評、クラシック音楽批評、思想系統においての「荒らし」を見慣れてる目には、ごく初歩的なネット版≪朝まで生テレビ≫的な応酬の端緒にすぎず、『ファシズム』をもちだされたのには笑っちまいました。
あのねじ式やゲンセンカンは、つげ義春の当時の前衛的意識、創作意識を、愚弄するもの―汚す以外のなにものでもないことは自明の理だという思いは私のなかでは今でも絶対化しています。
そんなに言うなら、あんたが撮ればという意見もでてましたが、そんな立場にはありません。
ただ、どうだっていいじゃない。とか石井輝男のカルト性を擁護する意見とか佐野史郎ファン、浅野忠信ファンからの反論を期待してたが、何もなく終わっちまいましたね。
山田監督の「蒸発旅日記」も、石井憎しから、好意的な賛辞を投稿しましたが、過剰な寺山もしくは清順趣味(?)が無意味に挿入され閉口する部分は多々ありますけど。
いずれにせよ、「リアリズムの宿」も機会があれば観ておこうとは思います。


Re: もしくは 管理人 - DATE:2004/02/10(Tue) 14:52 No.184  

はじめまして、つげ研bbs管理人、他サイトでは殺し屋です。
何か失礼なことを書いてしまい、申し訳ありませんでした。ただ、私もあのサイトをつげ義春先生に関する理解を深める場だと勘違いしていまして、あのような荒れ(確かに、この場合は「応酬の端緒」かもしれませんね)の呼び水になってしまったことを反省し、皆様に迷惑をおかけしないように立ち入らないことにしました。
あの応酬の中で「自分でbbsを作ってそっちでやればいいじゃないか」との声がありましたが、つげ義春先生と言えど、やはり認知度から言って、語り合うべき相手に困らないわけではないので、「ここ(夢幻堂bbs)でやろうよ」と思ったのは事実です。
というわけで、関係者では一切ない、むしろ関係者になりたい(笑)私のbbsで皆さん書き込んでいただけたら幸いです。


Re: もしくは キリング・フィールド - DATE:2004/02/11(Wed) 23:34 No.185  

あえて、あれは挑発の意図を込めて『大学映研の出来損ない』だと断定するみたいなことを書きました。
あれより半年前ぐらいだったか、TV版の何と、トヨエツこと豊川悦司演出・主演の作品の出来がかなり良く、それに比して石井監督の二作品のあまりの酷さについて同夢幻堂サイトで触れたことがあります。
あれはリターンマッチだったわけです。
ああいう決着も実は、少し予想してました。
あれでいいのです。
けっして、荒らし的な意味合いからではまるでなく、自分のことにふれたのも
自分にとってのつげ義春作品がどういう意味をもってるのか、他人の相対的意識にゆだねたかったからです。
ばね式を撮った吉田照美が今日、つげ義春に言及してましたけど
多くの方のつげ論に耳を傾けたい気持ちで一杯です。


管理人 NAME:つげはじめました DATE:2004/01/31(Sat) 04:28 No.181  
みなさんはじめまして、管理人です。
「つげ研」はつげ義春のファンサイトです。素人から玄人まで何でも来い!なサイトです。当サイトは木曜会の1ページ、下部組織的存在ですが、わたくし管理人が木曜会の会員だというだけです。私はpcが駄目なので、頼んで作ってもらったわけです。というわけで、つげ義春先生についてみんなでおしゃべりして、高め合いましょう!なお、他のサイトでレスがなくて泣いているあなた!絶対にレスします!
議題を発表していますが、これは話が盛り上がらないとき(笑)や、煮詰まった時に使うもので、あまり気にしないでくださいね。では、話が盛り上がっていないので、スタート!


つげ作品の映画化について 管理人 - DATE:2004/01/31(Sat) 05:32 No.182  

さて、なぜいきなりこのテーマなのか、説明しなくてはなりませんね。
もちろん「リアリズムの宿」が映画化されるから、それにあわせてということもありますけど、『つげ忠男劇場』の掲示板での反省からです。

つげ忠男先生のホームページがある、しかもそこには漫画家本人が書きこんでいるらしい、ということを知って書き込むようになって2ヶ月くらいのこと、すっかり常連顔した私は『蒸発旅日記』の公開に合わせて、「みなさんはつげ先生の映画作品についてどうお考えですか?」と書きこんだのです。すると、普段はまったりと流れていた板が、突然物凄いことになりました。ネットでは顔が見えませんから、常連さんがどういう人なのか知りませんが、50過ぎの紳士のような方かな・・・と思っていた人が『ゲンセンカン主人』を狂ったように否定し出したのです。提議した私が思わず引くぐらい、それは凄まじいものでした。
荒れ狂っている板に目をつけて、揚げ足取りが始まりました。映画作品について話しているはずなのに、私が「赤い花」と書いたのを見て、「そんなところを間違えるなあ!」みたいに返されるのです(わかりきったことですが『紅い花』です)。「bsマンガ夜話」で石井監督がどう発言していたかについて書きこんだところ、「そんなのあったか?ページを示せ!」と友達でも上司でもないのに(笑)命令される始末。

結局、最初に荒れ狂った常連さんに非難が集まり、彼?が自分の身の上話をぶちまけて謝罪するという悲惨な結末を迎えてしまいました。常連さんはそのサイトから姿を消し、私も「ああ、ここはこういう風に話す場ではなかったんだ」と思い知り、消えることにしました。マニア恐るべし・・・と思った一件でしたが、ともかくもう一度語りたい、誰か語ってくれ、ということで、「つげ映画論争」です。

ちなみに私はその常連さんと同じく、つげ映画否定派でした。あのような事態に追い込まれるのは嫌なので(私は素性をネット公開するほど度胸はないですが)理由も併記しましょうネ。というよりその前に書きこんでくださいネ。

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